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30年ぶり


「鳥取マラソン2013」(フルマラソン)に出場しました。
鳥取に足を踏み入れたのは、小学生の時以来、
およそ30年ぶり2回目。

今回この大会を選んだ目的は「視察」と「練習」。
人気大会が抽選や先着で出場が困難な昨今、
「確実に出られる公認大会」の行脚を続けています。
鳥取マラソンについて、Harriersの会員をはじめ、首都圏のランナーにとっての
オススメ度は「80%」。

・出走者2千数百人で混雑なし(トイレも問題なし)
・陸上競技場発着で荷物置き場も充実
・制限時間6時間なのでだれでも出られる
・公認記録が取得できる
・観光も楽しめる

難点というのは特にないのですが、
細かい起伏のあるコースなので、
起伏が苦手な方には少しキビシイかもしれません。
私は上りでリズムが生まれるので苦ではありませんでした。


また、来月のBoston Marathonのための「練習」として臨んだ本大会でしたが、
不安の残る結果となってしまいました。

2時間50分22秒(41位)
前半ハーフ 1時間21分04秒
後半ハーフ 1時間29分18秒

50分を越えたのは、Harriersを立ち上げて以降、初めて(>_<)
直前3日間寝込んで走った昨年の京都マラソン(49分台)より
遅いのはショックですが・・・わるいことだけではありませんでした。

5kmごとの距離表示だったため、久しぶりに体感で走れる解放感が
良かったです。
最初の5kmのペースを見て(19分08秒)、この流れに乗って30kmまで行こうと
心に決めて走りました。
残念ながら想定通り30km以降はジョグになり、40kmまでの10kmは非常にきつかったですが、
己の力を確かめることができ、良い経験になりました。


今回はadizero Manaで出走。
「Manaがいい」という評判を小耳にしていたので、
直前に購入。
大会で試せてよかったです。
シューズと距離の試行錯誤はこれからも続きます。


レースの後、鳥取市内を観光しました。
写真は『仁風閣』。
1907年、旧鳥取藩主池田家の別邸として建立
 
鳥取砂丘


鳥取県は「カレー大国」らしいです!
人口1人当たりのカレーのルーの消費量が全国一だとか。
というわけで、「カレー食べ歩きMAP」を手に行ってきました。
「やくぜんオムライスカレー」(cafe 木の香り)

TAXIの運転手の方がとても博学で、砂丘往復の間に鳥取の歴史や
5万年前の噴火(火山灰)のお話など、
ためになる話をたくさんお聞きすることができました。
マラソンの疲れ(&ショック)もどこへやら、良い気分転換になりました。

 TARO

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