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移り変わりの中で

どうやら・・・
「疲労骨折」の可能性が高くなってきました(>_<)

「おいおい寝込んだばかりじゃないか!」
という心配(お叱り!?)の声が聞こえてきそうですが、
3月11日(日)の「第1回京都マラソン」(42.195km)での無理が祟ったようです。

数日寝込み、脚筋力が落ちた状態で、
次から次へと目の前に現れる京都特有の起伏コース、
殊、下り坂をぐいぐいと下った代償は大きかったのでしょう。

帰京後、日増しに痛みが増し、歩いていても痛むようになりました。

さぁ、これからトラックシーズンだ!と思っていた矢先だけに、
まだ現実として受け入れられていない感じです。
また、今朝方、Yuji Coach(エントリー済み)と
「(5月の)洞爺湖(フル)走ろう!」
なんて盛り上がっていたのですが・・・。

練習会に支障をきたすわ、
自身のトレーニングはできないわで・・・
もう踏んだり蹴ったりです。

一難去って、また一難。

「3月11日」にマラソン大会に出るということについて、
エントリーをした昨夏から自問自答を繰り返してきましたが、
こうして前後に思いがけないことが待ち受けていました。
それでも、マラソンを走らせてもらえたことに
心から感謝の気持ちが湧き上がってきます。

寝込んだ時の苦しさ、レース中のキツさ、
今の足の痛み、
すべて「震災からちょうど1年の第1回京都マラソン」の
思い出として、脳裏にしっかり焼き付けました。

今回もまた、一個人の「ただ走りたい」という思いだけでは、
走り切れなかったと確信しています。
日本人として「特別な日」であったこと、
合わせて、日頃お世話になっているみなさんや、
鼓舞してくれるたくさんの仲間、
そういった事・人への配慮、感謝の気持ち以上に
完走に導いてくれたものはありません。

自己への挑戦としてのマラソン。
一方で、感謝を表現する場にもなっているマラソン。

どちらかを優先するわけでなく、
これからも1レース、1レースを大切に、
真摯に向き合ってまいります。

3月20日(火・祝)に閉店する
「アディダスパフォーマンスセンター原宿」。
定期、不定期、さまざまなイベントを行った場所だけに、
本当にさびしいです。
一方で、スタッフのみなさんには長い間、
大変お世話になり、
心から感謝しています☆
写真は前島さんと。

TARO

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