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『美しい日本語』

月刊誌「日経おとなのOFF」(日経BP社)。
お手に取られた方もいらっしゃると思います。

その特集、

『美しい日本語』

時々、知的好奇心がくすぐられる雑誌や書籍に出会いますが、
この種の特集はつい買ってしまいます。

日本語の奥ゆかしさに心が洗われる気がします。

今回は「漢字魂」に火が点きました。

では、本誌特集から一例を。

【読み】

(1)弁える

(2)具に

(3)杮落とし

【多い書き間違え】

(1)
追徴金
追懲金

(2)
ご多分に漏れず
ご他聞に漏れず

(3)
肝煎り
肝入り


もっとも衝撃だったのは、
「誤用が多い慣用表現」
のコーナー。

みなさん、「敷居が高い」の正しい使い方をご存知でしょうか。

私はこのフレーズを知らず知らず誤ったまま頻発していました。

「あのお店は敷居が高い・・・」
というような使い方をよくすると思いますが、
これ、実は間違いとのこと。

正しい用法は雑誌にてご確認ください(^_^;)

TARO


<こたえ>

【読み】

(1)わきまえる

(2)つぶさに

(3)こけらおとし

【多い書き間違え】

(1)
追徴金

(2)
ご多分に漏れず

(3)
肝煎り

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